恐怖の高速教習【40代後半からの普通免許⑭】
何故高速教習が怖いのか
ついに来てしまった。
高速教習だ。
第二段階の教習項目に「高速」の文字を見つけた日から、
ずっと視界に入れないようにしてきた単語だ。
時速100キロの世界。
三桁。
事故したら死ぬ。
60キロ道路でも
「周りが死に急ごうとしている」
と感じている人間に、
三桁を体験させようというのである。
え、私ハンドル歴20時間くらいですよ?
狂気の沙汰である。
しかも複数教習。
自分が何かをしでかしたら、
指導員だけでなく、同乗している誰かを巻き添えにしてしまう可能性がある。
怖すぎる。
高速教習が怖すぎて予習をする
想像力だけは無駄に豊かだ。
やらかしたら死。
それも、他人を巻き込んで。
私は47年間、うっかりな自分と折り合いをつけて生きてきた。
忘れ物も多いし、食器もよく割る。
「あーまたやった」と笑って済ませてきた人生だ。
だが高速は別だ。
笑って済まない。
しかも、あの地獄のような危険予測ディスカッションの後である。自分の運転を信じることができない。
私はなるべく生還率を上げるため、真面目に予習をすることにした。
とはいえ、YouTubeで高速の合流動画を見たり、
夫に頼んで高速の入り口までの道順をバイクで走ってもらったりしただけだ。
夜、布団の中で、
「本線の流れに合わせて加速」という言葉を反芻し、イメトレする。
高速教習当日
私と一緒になったのは、20代くらいの女子だった。
眩しい。未来がある。肌がツヤツヤしている。
この若い女子の未来を、私の「うっかり」で潰すなど、倫理的にも社会的にも絶対に許されない。
担当の指導員は穏やかな人だった。
以前、技能教習でもお世話になったことがある。
声のトーンが低く、急かさない人だ。
よかった。心の中で少しだけ安堵する。
どちらが先に運転するかと聞かれ、
私は迷わず「先がいいです」と答えた。
時間が経つと疲れてぼーっとしてしまう。
緊張が続いている間に終わらせたい。
高速を走る
高速道路は、混んでいた。
ちょっとイメージと違った。
みんな100キロでビュンビュン飛ばしているところを想像していた。
実際は、車列ができ、思ったより穏やかに流れている。
合流だ。
教科書ではこう習う。
「本線の流れに合わせて、加速して合流します」
実際は、40キロくらいで本線と並走し、指導員の指示でウィンカーを出し、ハンドルを切り、流れに入れてもらう。そんな感じだった。
あ、入れた。
ありがとうございます。
そんな感じ。
100キロの世界
混んでいたので、最初は40キロくらいで流れに合わせて走っていただけだった。
信号もないし歩行者もいないし、これくらいなら楽勝だなと思っていた。
しかし、だんだん流れが速くなってきた。
「もっと踏んで。流れに合わせて」
指導員に言われ、アクセルを踏む。
気づけば、80キロ。
いや、こっわ。
ハンドルを握る手に力が入る。
ちょっとハンドルを切るだけで、車体が大きく動く。
無意識に壁から離れようとして、右に寄ってしまう。
「もう少し左寄り意識して」
指導員に何度も言われる。
目の前にカーブが見える。
こんな速度でカーブに入って、曲がりきれるのか?
無意識にアクセルを緩めてしまう。
「もう少し踏んで」
気づくと60キロ付近まで落ちている。
アクセルを踏み込み、なんとか80キロを保つ。
100キロは最後まで出せなかった。
高速から降りた瞬間
インターチェンジを降り、
一般道に戻った。
信号がある。
横断歩道がある。
歩行者がいる。
周りの車もゆっくり、穏やかに走っているように思える。
誰も死んでいない。
良かった。
肩の荷が下りた。
復路。
うっかりすると寝そうだった。
