路上教習と意識の変化(第二段階)【40代後半からの普通免許⑪】
第二段階で路上教習になってから、色々なものの見え方が変わってきた。
夫の運転を意識する
「車間距離、近くない? ぶつかりそうじゃない? まさか煽ってるのか?」
「普通だよ」
「いやいや! こわいこわい! 今の絶対待つべきだって!」
「いや、行けた」
「私がわかるようになったから、わざとそんな運転してるんでしょ!」
「前からだよ!」
……そうなんだ。
知らないって、すごい。
今まで気にも留めなかったものが、急に目に入ってくるようになった。
車間距離。
歩行者の挙動。
フラフラの自転車。
そして、夫の停止位置。
「停止線、越えないと死ぬ病気なの?」
「それはすいません」
見えるようになると、気になる。
気になると、つい口に出る。
まだ自分は路上教習の途中で、
助手席ブレーキ付きの身分なのに、言うことだけは一人前になった。
野次馬根性が増えた
救急車の音がすると、
「みんなどうやって避けるんだろう」
と車の動きを観察してしまう。
あの車が左に寄って、この車が少し前に出て…なんであの車ちょっと後ろに下がった?どういう意図??
などと考えながら、
救急車が通り過ぎるまで立ち止まって見送る。
完全に「はたらくくるま」好きのおばさんである。
クラクションが鳴ると、
「どういう状況だったのか」
が知りたくて、しばらく様子をうかがってしまう。
事故防止というより、鳴らされる条件を知りたい。
小心者なので。
渋滞の交差点で、ぽつんと取り残された一台を見ると、
「あーあ…やってしまいましたわね…」
と妙な憐憫すら覚える。
以前は、ただ「邪魔!」と思っていただけなのに。
所在なさげに佇む1台の車に、未来の自分を重ねてしまう。
教習車が増えた(増えてない)
私は、自宅から自転車で15分の自動車学校に入校した。
当然、我が家周辺は教習コースに含まれている。
教習車は、昔から毎日頻繁に走っていたはずなのだ。
だが今まで、外で
「あ、教習車だ」
と思ったことがほとんどなかった。
それが路上教習に進んだ途端、外に出れば、二回に一度は
「〇〇 Driving School」と書かれた、
見慣れた派手な塗装の車が視界に入る。
え?
本当に、今までこんなに通ってた?
まさに
「視界には入っているが、認識はしていない」
状態だったのだと思う。
今日も教習車は、家の前を走っている。
見たことのある指導員も乗っている。
頭に「検定中」の表示を掲げた教習車も見る。
がんばれー。
