車のない実家で育った
さて、47歳の私である。
私の実家は、車を持たない家だった。
誰も免許証なんて持っていなかった。
だから、20歳前後で周囲が免許を取得しだしても、
車に馴染みのない自分にとっては、別世界の話だった。
嫁ぎ先は“車一家”
やがて、結婚した。
夫の家は車一家だった。
義父も義母も夫も兄弟も、バリバリ運転する人間だ。
アクセルとブレーキを、箸と茶碗くらい自然に扱う。
結婚してから今まで、車移動の際は
「免許持っていないので……」で免れてきた。
出発から到着まで、後部座席で居眠りしていても誰も怒らない、
優しい義実家である。
長いこと、気楽な戦力外ポジションでいられた。
一度だけ、免許を考えたことがある
35歳くらいのとき、
さすがに、いつも運転してもらっていて悪いなーという気持ちが芽生え、
「私も免許取ろうか?」
と夫に聞いてみた。
「今更免許を取るのは、費用を回収できない投資だろ」
節約家の夫らしい答えだ。
ちょっと安心しつつ
(こちらから申し出たとは言え、運転するのは普通に怖かった)
そのまま時が流れた。
47歳という年齢
47歳。アラフィフの中では若めだが、「アラフォーです」とサバを読むのは無理がある。
中年から初老に足を突っ込みかけて、慌てて引っ込める年代である。
自分が歳を取るということは、当然、周りも歳を取る。
義両親が「免許返納」を考える年代になったのである。
「次の車検で最後かな」
という言葉を、3回くらい聞いた。
車生活に慣れているので、
車のない不便さを想像して、どうしても踏ん切りがつかないらしい。
そこで、いくら自己中心的な自分でも気づいたのだ。
今まで散々乗せてもらった分、
これからは、自分が運転手になるべきでは?
夫の老後計画
さらに、同時期に夫が老後計画を考え始めた。
「田舎の、ひっそりとした温泉地とかに住みたい」
電車通勤に疲弊したサラリーマンがいかにも言いそうな、田舎への夢を語る夫。そうか。君も疲れているんだね。良いよ。この際どこへでも付いて行くさ。
でもさ。
それって、最寄りのスーパーまで徒歩2時間とかの世界の話ですよね?
免許が、必要だと思った。
かなり真剣に。
ハンドルを握る自分を、人生で初めて想像した。
似合わなかった。
だが、徒歩2時間よりはマシだ。
そうして私は、漬け物石並みに重い腰を、ようやく「よっこいしょ」と上げたのだ。
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